東京の妹から「今月のDomani(女性誌)に“知花くららになりたい”の
付録がついてるみたいだけど、買っておく?」とのメール
。

↑“知花くらら”さん。
何を隠そう私が「次に日本人女性に生まれ変わったなら、彼女みたいな
容姿希望
!」と願っている、大ファンのモデルさん。
“くらら”って名前もとってもカワイイですよね
。
女性でも憧れの女性(ヒト)のタイプはそれぞれだと思うのですが、
私は昔から、知的で女性らしさがふんわり香るタイプの女性に“憧れ”と
“美”を感じます。

古くはスーパーモデルの“クリスティー・ターリントン”。
彼女は二十数年前にファンになって以来、今も憧れる、私にとっては
【THE 美の創造物】のような存在
。
(もちろん欧米人女性に生まれたなら、彼女のような容姿を切望します
!)
「By 勝手に言ってなさい^^;」
二人ともモデルの活動だけにとどまらず、世界中を旅をして、慈善活動から
得た学びを、メディアを通じて発信している点も、尊敬の念とともに魅力を
感じるところです
。
何を書いても、所詮『ないものねだり』になってしまうのですが
、
物心ついた頃から、人に限らず、目に映る“美しいモノ
”に心奪われてしまう、
私としては、どうしようもないコトなのです。
さて、話を冒頭に戻しますが、妹からのメールを読んで、即決できなかった私。
どうしてかと言うと、「くららさんになりたい。」というフレーズに、まったく琴線が
触れなかったからです
。
そう、人生の折り返し地点を過ぎて、例えお百度参り(古い?)をしても、
パワーストーンを体中に巻きつけても、くららさんにはなれない事を知っている
からで~す
。(夢見がちで、現実を把握するのに時間がかかりましたが・・・)
これは年の功からくる自身の『成長』か、もはや努力を放棄した『諦め』なのか?
十代の頃より、美しくなりたい!と、女性誌をたんまり買って、勉強した過去も
あったのに(ただし、効果はなし
)、今では「くららさんになりたい」より、
素直に「健康でいたい
」と思ってしまうのは、やっぱり女性としては、寂しいコト
なのか、年相応なのか?
だからと言って、今、私になりたい女性像がないわけではありません。
それは、ズバリ【料理上手な女性(ヒト)
】。
こちらは、努力次第で達成可能そうですが、美味しい果物と野菜があれば
満足で、とにかく大雑把な私にとっては、結構な難題
。
「天性の料理上手女性。心底うらやましい~!!(叫)」
夕食を楽しみに帰宅する旦那さんを想えば、もっと気合をいれて努めるべき
なのですが、ダメ出しを受ける度に、素直になれずキレる日々
。
修行の道のりは長そうです。
あっ、話は元にもどりますが、妹には「目の保養になりそうだから、雑誌の購入を
お願いします♪。」と返信しました。
中国での一年半、まったく目の保養の機会がなかったからなぁ
。(あらっ、失礼!)
「今日も一日ありがとう。」
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